今学期はとても楽しかったですが、すごく忙しかったです。 正直に言うと、ときどき課題を出し忘れてしまいました。次の学期は、もっとちゃんと計画して勉強したいです。でも、芸者についてのプロジェクトは楽しかったです。たくさん調べて、だんだん興味が出てきました。
いい学期でした!
日本語401個人学習プロジェクト
「芸者」
私が子供の時、テレビで芸者のドキュメンタリーがあって、叔母さんが時々歴史について話すと芸者についても話していて、興味があったが、その後特に調べなかった。しかし、いつもとてもきれいだと思うし、なぜ顔を白く塗るのかと思うし、芸者がどんな仕事をしているのかなどとも思った。先学期、日本の文学のクラスを取って、文学の登場人物の中には芸者もいた。あまり知らないことがたくさんがあるので、芸者についてもっと学ぶことはいいアイデアだと思う。芸者については誤解されているかもしれないので、クラスメイトに芸者の良いイメージを伝えたい。
まず、芸者の歴史について調べた。「芸」の漢字の意味は「art」で、「者」の漢字の意味は「expert, person」である。1779年ぐらいに、初めの「検番」が構えられた(かまえた)。それが人気になって、芸者の文化は生まれた。平安の宮廷の女性は教養があって、芸術にくわしかった。この特徴は重要視されていたので、芸者にも大切になって、芸者の特徴に影響を与えた。
昔、芸者の練習は10歳から12歳ぐらいから始めた。ほとんどの芸者は下層階級(かそうかいきゅう)の家族から来て、家族は娘により良い生活を上げるため、検番に娘を売った。初めに、芸者になる前に、女性はお茶屋(ちゃや)のお手伝いさんとして働いて、お姉さんを見ながら学んだ。芸者になる勉強している女性は何時間も三味線と踊りを勉強していた。そして、芸者は社会的に重要な男性の相手をしたから、政治(せいじ)について話せるように、政治についても知っていなければいけない。芸者の練習はとても大変だったが、大変な生活はより良い芸者にならせるという考えがあった。彼女たちは16歳になるまでこのように練習して、16歳になるとき舞妓になった。
現代、芸者の仕組みは変わった。まず、芸者になりたい女性は中学校を卒業していること、そして、15歳か16歳ぐらいで、親の承認が必要である。髪が黒い必要もある。芸者になる前に、3つの段階(だんかい‧stage)を修めなければいけない。初めは「仕込み」と呼ばれる段階で、芸者学校に通(かよ)い、基本的(きほんてき)な 芸事(げいごと)を 学(まな)び、置屋(おきや)で 家事(かじ)の 手伝(てつだ)いをする。本試験は踊りである。2つ目の段階は「見習い」で、着物を着て、お座敷に出て、お姉さんを見ながら芸者の仕事を学ぶ。この段階は1か月ぐらいである。最後に、「舞妓」の段階である。舞妓はお茶汲みで、踊り、会話の仕方を学ぶ。この段階は5年ほどかかる。
これまでは、主に芸者について調べました。しかし、舞妓は大切な芸者の部分であるから、今度は少し舞妓についても書いていく。舞妓は芸者になりたい女性である。舞妓は置屋に住んでいなければいけないで、携帯を持っていること、お金を持っていること、彼氏がいることは全部許されていない。舞妓の着物は芸者の着物よりもっとカラフルです。
芸者の化粧は芸者の文化の特別な部分である。昔、日本では電気がなかったので、置屋でろうそくを使って、人々の顔を見るのが難しかった。芸者の顔をよく見るために、白粉で顔を白く塗って、口を赤く塗った。今では、この化粧は本当に芸者と結びついている。
実は、今度、困ったことはあまりなかった。かねて、たくさん歴史について書きたので、翻訳するのが難しかったかもしれない。しかし、今度は現代の文化について調べたので、情報は分かりやすくて、早くで書きた。多分、芸者の文化は多いので、「どちら情報やどちらトピックについて書くかな」など、選ぶのが難しかった。
芸者の歴史の長さや現代の仕組みについて学んだ後、芸者が日本文化にとってどれほど大切な存在なのかを気づいた。最初は芸者や舞妓の違い、化粧の意味などをよく知りませんでしたが、だんだんその大切さがわかって、とても面白かった。いつも、芸者についって興味があったので、ついに芸者についての質問を答えることができる。日本に行ったら、博物館に行って、芸者の歴史深く学びたい。私にとって、文化や芸術を守ることはとても大切だと思います。芸者さんは、それを続けている大事な存在だと感じました。