Sunday, May 4, 2025

今学期のふり返りと個人学習プロジェクト

 1。今学期は生活はちょと難しかったので、課題のバランスも難しかったです。時々頑張るのが優しくなくて、凝らすことは大変でした。もっと授業を楽しほしかったのですが、頑張りました。今、終わりけど、このクラスは私を幸せにしましたので、よかったです。

2。皆さん、今学期は終わりました!おもでておう!来学期会いましょう。

3。私のトピックは原宿のファッションサブカルチャーである。私は子供の時からいつもファッションに興味があった。「スター・ワォーズ」とか「フィフス・エレメント」とか映画を見て、キャラクターの服をよく考えていた。中学生の時、ピンタレストのアプリを使い始めたが、このアプリには色々な種類のイメージがあり、他の国のファッションが見られた。私の友達はたくさんのファッションの種類を知っていた。ある日、この友達は私にロリータの服を着ている女性の写真を送ってくれたのだが、私はそのファッションはとても面白いと思った。そのスタイルを調べて、原宿のサブカルチャーを学んだ。私は原宿のサブカルチャーについてもっと知りたかったので、原宿のファションは私のプロジェクトのトピックである。


今度、原宿のサブカルチャーの歴史についてもっと知りたかったので、原宿のファッションの始まりについて調べた。原宿は最初はファッションで知られていたわけではなく、若者たちが集まる場所として知られていた。でも、面白い歴史があるから、このことについてもっと説明する。


まずは、第二次世界大戦の後、アメリカ兵が東京に駐留していた。アメリカ兵とその家族は原宿の周りに住んでいて、原宿の文化やファッションはアメリカ文化の影響を受けるようになった。原宿は、この文化交流で知られるようになった.


名前は「原宿サブカルチャー」だが、実は「原宿」は駅だけで、人々が集まる場所は竹下通りである。1980年代、若者がラジオとCDを持って、ストレスを解消するため、竹下通りに行って、踊った。よく、若者達は制服の代わりにカラフルな服を着ていた。若者が多く集まることや、文化交流があって、日本の厳格なルール表現の自由のため、少しずつサブカルチャーが生まれてきた。そして、1997年に「FRUiTS」という雑誌が原宿でおしゃれな人々の写真を撮り始めたことから、原宿のファッションサブカルチャーを広がった。


もともと、原宿のスタイルは伝統的な日本の服と西洋のスタイルを組み合わせている。今、色々なサブカルチャーがあるけど、好きな服を着て、創造的でいるのが一番大切なことだ。「クレバヤシ」という人は有名デコラです。彼女は人々が同じ趣味を持つ人たちとシェアするために原宿に行くと言っている。


実は、このトピックが大好きなので、私にとって情報を調べることは難しくないと思う。しかし、今学期、私生活に少し問題があったから、このプロジェクトと他のクラスの課題と私生活のバランスが難しかった。


ストレスがあったけど、とても楽しかった。ファッションに興味があるので、調べることはとても面白かった。日本には多くのサブカルチャーがあるが、このようなものは他の国では見たことがない。もしタイムマシーンがあるとしたら、1990年に行って、FRUiTSで働きたい。日本のサブカルチャーにはたくさん歴史があるから、素晴らしいと思う。





 


「あみぐるみ」と「中間報告」

私が美術工芸であまり上手でわないが、作ってみることを楽しみにしていました。トトロはめっちゃ可愛いので、あみぐるみを上手に作れたらいいなと思っていました。でも、実はあみぐるみを作る時でもあまり上手じゃないですね。へへ。よく間違えて、やり直さなければならなかったです。でも、多分将来...